この手に抱きしめたい(加藤登紀子 With Friends)!いつでも音楽は生きる力!
- 2020.09.14
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皆さん、こんにちは。
「阿蘇~あの橋をいつかあなたと」の作曲者、三宅美紀子さんから、加藤登紀子さんと福岡の皆さんが作られた「この手に抱きしめたい」の動画を紹介していただきました。
「この手に抱きしめたい」は、加藤登紀子さんが、コロナに感染してしまった人やその家族、毎日闘っている医療従事者の方達に思いを寄せて作られた歌です。
いつでも音楽は生きる力
大きな災害が襲ってきた時、いつでも音楽は人々に力を与えてくれました。
あのタイタニック号の沈没の直前まで楽団がデッキで演奏したのは有名な話ですね。
最後には賛美歌320番「主よみもとに近づかん」が演奏されたと言われています。
以前、「タイタニック」の映画を観に行った時、この場面で館内からたくさんのすすり泣きが聞こえてきたことを覚えています。
また、1923年の関東大震災の時、校舎の下敷きになられた横浜のフェリス女学院のカイパー院長先生は、この同じ賛美歌を母国語の英語で歌いながら天に召されたのだそうです。
1995年の阪神淡路大震災の時は「しあわせ運べるように」が生まれました。
この歌は当時、神戸市立吾妻小学校に勤めておられた臼井真先生が作られました。
避難所になっていた吾妻小学校の校庭で200人の子ども達が合唱したそうです。
そして「アンパンマンのマーチ」が多くの人々に元気を与えましたね。
私は2016年の熊本地震の後、山鹿市に来られた東京混声合唱団のメンバーによる「アンパンマンのマーチ」のアカペラを聴き、心から感動しました。
2011年には東日本大震災が起きました。
「花は咲く」が全国で歌われましたね。
それから、作曲家八木澤教司さんの合唱曲「あすという日が」もたくさんの人によって歌われました。
この合唱曲は前から知られていましたが、この時に多くの人が知ることになります。
そして2016年の熊本地震。
この時、前述した「しあわせ運べるように」が熊本の多くの合唱部や合唱団によって歌われ、私たちを励ましてくれました。
「傷ついた熊本をもとの姿に戻そう」という歌詞は、臼井先生ご自身が熊本のために届けてくださったのだそうです。
感謝です。
熊本地震の後、大津少年少女合唱団も避難所やショッピングセンターなどを訪問しましたが、子ども達の歌う「ふるさと」を聴きながら涙される方達の姿が今でも目の奥に焼きついています。
また、歌手の樋口了一さん作詞、ピアニストの三宅美紀子さん作曲の「阿蘇~あの橋をいつかあなたと」は阿蘇の復興を心から願った歌です。
合唱団でも、今も大事に歌っています。
「この手に抱きしめたい」
そして2020年。
私たちは新型コロナという予想もしなかった大敵とたたかわなければいけなくなりました。
ともに集まることができない、自由に声を出すことができない・・・。
でも、そんな中でも、やっぱり音楽は私達に生きる力を与えてくれていますね。
今回、加藤登紀子さんが作られた「この手に抱きしめたい」が福岡でも歌われ、動画が作成されました。
ぜひ、ご覧ください。
音楽は神様からの贈りもの
音楽って、プロの音楽家じゃなければお金にもならないし、お腹も膨れませんよね。
でも、音楽は私たちに生きる力を与えてくれます。
それは昔から世界中どこでも共通です。
ベートーヴェンはこんな言葉を残しています。
音楽があなたの人生の重荷を振り払い、あなたが他の人たちと幸せを分かち合う助けとなるように。
音楽は神様から人間への贈りものですね。
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ありがとうございます。
素晴らしい贈り物です!
Cocky
コメントをありがとうございました。
大津少年少女合唱団でも、「この手に抱きしめたい」を歌いたいと思っています。